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最高裁判所第三小法廷 平成5年(し)79号 決定

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、違憲をいうが、実質は単なる法令違反の主張であって、刑訴法四三三条の抗告理由に当たらない。

なお、所論にかんがみ、職権により判断するに、同法三一条一項は、弁護人は弁護士の中から選任しなければならないと規定し、弁護士でない者を弁護人に選任することを一般的に禁止しており、同条二項は、同条一項の一般的禁止の例外として、弁護士でない者を弁護人に選任するいわゆる特別弁護人を選任することができる場合を認めている。同条二項が例外規定であって、同項が「簡易裁判所、家庭裁判所又は地方裁判所においては、裁判所の許可を得たときは」と規定している趣旨、そして、同項ただし書が、地方裁判所において特別弁護人の選任が許可されるのは他に弁護士の中から選任された弁護人がある場合に限るとし、地方裁判所と簡易裁判所及び家庭裁判所との間で選任の要件に区別を設けているところ、捜査中の事件については、右いずれの裁判所に公訴が提起されるかいまだ確定しているとはいえないから、簡易裁判所又は家庭裁判所が特別弁護人の選任を許可した後、地方裁判所に公訴が提起された場合を考えると、他に弁護士の中から選任された弁護人がいない限り、同項ただし書に抵触する事態を招く結果となることなどにかんがみると、特別弁護人の選任が許可されるのは、右各裁判所に公訴が提起された後に限られるものと解するのが相当である。

よって、同法四三四条、四二六条一項により、裁判官大野正男の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

裁判官大野正男の補足意見は、次のとおりである。

私は、刑訴法三一条二項が、被疑者に特別弁護人選任権を認めていないとする法廷意見に賛同するものであるが、申立人の所論が「被疑者の国選弁護人制度のない現状下においては次善の策たる特別弁護人の選任を許可していただ」きたい旨を強調していることにかんがみ、法廷意見に加えて、所論を採用し難い実質的理由を補足したい。

一  確かに所論の指摘するように、被疑者に国選弁護人制度が設けられていないことは、被疑者の権利保護にとって重大な障害となっている。特に、身柄拘束中の被疑者が、弁護人の援助を全く受けることなく捜査官の取調べの対象とされていることが、再審無罪事件に共通する重大な原因の一つとなっていることは、既に多くの識者の指摘しているところである。そして、我が国刑事司法の現状として「刑事訴訟の実質は、捜査手続にある」とさえ批判される(平野龍一「現行刑事訴訟の診断」団藤重光博士古稀祝賀論文集第四巻四〇九頁)くらいである。

にもかかわらず、捜査段階においては、本件申立人のように身柄不拘束の被疑者はもとより、身柄拘束中の被疑者でさえ弁護人の選任される者は、ごく少数にすぎない。正確なデータはないが、被疑者の一、二割にすぎないと推量されている(三井誠「弁護人選任権」(法学教室一五三号))。また、このことは、公判段階における弁護人の選任率が、簡易裁判所において私選18.6%に対し国選78.9%、地方裁判所において私選38.8%に対し国選59.6%である(「平成三年における刑事事件の概況(上)」法曹時報四五巻二号)ことからも推察されるところである。

このように、我が国刑事司法中公判手続における刑事弁護の六〜八割が国選弁護人によってまかなわれているにもかかわらず、その“実質”をなす捜査段階においては、国選弁護人制度が設けられていないことは誠に不合理であって、所論のいうように次善の策として特別弁護人を認めることによってその欠陥を補充しようとする考えも、無下にはこれを否定し難いところである。

二  しかし、刑事事件の弁護、中でも身柄拘束中の被疑者に対する弁護人の職責―被疑者との接見交通、証拠収集、事件の見通しの判断、検察官との折衝―は極めて重大、困難であり、かつ、清廉性を求められるものであって、まさしく専門的知識と経験を有し、職業倫理の下にある弁護士によって遂行されるにふさわしい弁護士固有の職務である。これが無資格者によって補充、代替されるべきものではない。

また、弁護士法七二条が、非弁護士活動を原則として禁止している趣旨からみても、特別弁護人選任の範囲を、法律の明文なしに拡張的解釈によって拡大適用することは妥当でないのみならず、被疑者の権利を擁護するに似てかえってこれを害する結果ともなりかねないのである。「弁護士による弁護」が捜査段階においても刑事弁護の正道であり、刑事裁判の適正を確保する上においてもこの原則を尊重すべきである。したがって、被疑者に特別弁護人選任権を認めることは相当でないと考える。

三  もっとも、従来、弁護士を含む司法界においてこの問題がなおざりにされてきたが、昨今の再審事件判決による反省もあって、勾留中の被疑者の要請にこたえ得るよう当番弁護士制度が平成二年に大分県弁護士会・福岡県弁護士会で始められて以来、相次いで各地弁護士会に設けられ、弁護活動を開始するに至った。これは、今まで事実上全く無防御の状態に放置されてきた大多数の勾留中の被疑者の立場を考えれば画期的なことではあるが、最初の接見、相談が無償とされるのみであるから、経済的余裕のない被疑者の弁護人依頼権を充分に満足させるものとは到底いえない。他方この制度は、今日、篤志の弁護士の正義感と職業上の義務感によって運用されているといってよいほど財政的裏付けを欠いており、その永続性、発展性に疑問なしとしない状況である。

本件特別抗告を棄却するに当たって、弁護士による被疑者弁護人制度の充実が刑事司法全体としていかに重要であるかを痛感する次第である。

(裁判長裁判官大野正男 裁判官園部逸夫 裁判官佐藤庄市郎 裁判官可部恒雄 裁判官千種秀夫)

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